研究紹介

T.伝統・歴史材料についての材料科学的研究

T‐1.備中吹屋ベンガラの特徴解明と再現

岡山県西北の吹屋で江戸期に開発された吹屋ベンガラは、その美しい赤色ゆえに江戸、明治、大正、そして昭和の中期まで全国で重用されていたが、昭和40年頃公害の問題から製造中止になった。しかし、吹屋ベンガラの色鮮やかな赤色は、今でも著名な陶芸家などから再現の要望が非常に強い。そこで、我々は、現存する「吹屋ベンガラ」の特徴を含有する不純物、粉末の色調、粒子径に注目し詳細に検討した。その結果、微量のAlが粉末の色調に大きく影響していることを突き止めた。次に我々は、この結果に基づいて、特殊な合成方法を用いてAlが置換したα-Fe2O3を作製し、吹屋ベンガラの美しい赤色の再現に成功した。開発した“Al置換ベンガラ”は、有田や九谷の陶芸家からも高く評価されている。最近、Al置換ベンガラは量産され、様々な分野で利用され始めている。

T‐2.備前焼“緋襷模様”

鎌倉時代まで歴史をさかのぼる備前焼には、緋襷(ひだすき)模様、胡麻模様、紫蘇模様など多様な模様などが知られており、古くから著名な茶人を含め広く愛好されている。備前焼の様々な模様は、釉薬や絵付けなどを施さず、備前粘土(鉄分が多い土)、松の木(燃料)、藁が登り窯の中で複雑に絡みあって現れるており、土と炎の芸術と呼ばれている。これまでその発色機構の詳細は不明であった。我々はまず、藁を巻いた箇所に出現する緋襷模様について、冷却速度に注目して、藁を乗せた備前粘土ペレットを1250℃まで加熱後冷却するモデル実験を行った。特に、冷却過程でのα-Fe2O3粒子の析出する場所、形態や大きさなどを透過電子顕微鏡を用いて検討した。その結果、徐冷過程にα-Fe2O3がα-Al2O3粒子の周りにエピタキシャルに析出成長すること、冷却速度が遅いほどα-Fe2O3は大きく成長し、緋襷模様が濃くなることを初めて見出した。この成果は世界中で高く評価され、ロレアル「色と科学の芸術賞」金賞を受賞した。極最近も、紫蘇模様などの発色機構を検討している。

T‐3.古代遺跡出土ベンガラ

日本では、縄文時代(約7,500年前)からベンガラが土器の赤色彩色に使われていた。その他に、古代遺跡の住居跡、石棺、溝などからベンガラが発掘されているのは驚きである。我々は、京都国立博物館、熊本県教育課、鹿児島県埋蔵文化センターなどと共同で古代遺跡出土ベンガラについての材料科学的研究を展開している。最近我々は、弥生時代(AD3世紀)の熊本県下扇原遺跡の住居跡から出土したベンガラが、非常に高純度であること赤色の色調を定量化して現代ベンガラにほぼ匹敵することを明確に示した。更に、いくつかの天然の鉱物からのベンガラの作製方法の比較検討を行って、古代の高純度ベンガラの作製の謎を一部解明することに成功した

T‐4.沖縄の首里城ベンガラ

沖縄那覇市にある首里城の赤色の姿はよく知られている。しかし現在の首里城は20年前に建てられたものであることは余り知られていない。この赤色はベンガラの色である。戦前の首里城を彩っていたベンガラの再現を目指して、我々は首里城公園からの依頼の下に、様々な研究に取り組んでいる。最近漸く、興味ある結果が出始めている。

U.微生物由来酸化鉄についての異分野融合研究

自然界の地下水の湧き出るところに生息する鉄酸化細菌は、鞘状やリボン状のユニークな形状の酸化鉄構造体を作る。それらは、微生物の分泌物で互いに絡み合いバイオフィルムを作り、身近な溝や水溜りに褐色沈殿物を形成する。そのために、今まではこの微生物由来酸化鉄は、美観を損ね、不要廃棄物で嫌われモノであった。我々は、この微生物由来酸化鉄が機能材料として利用できるのではないかとの考え、これを”BIOX”(Biogenous Iron Oxide)と名付けて、約13年前から研究を展開している。特に、BIOXの材料学的な特徴と機能に注目し、特徴解明と未開拓な機能の探索を様々な分野の研究者と協力して検討している。従って本研究は、材料化学、微生物学、電気化学、触媒化学、バイオテクノロジー、植物病理学など異分野融合の研究と位置付けられる。その結果、現在までに数多くの画期的な成果が続出している。以下に代表的な結果として、Leptothrix ochraceaが作る中空鞘状の酸化鉄(以後、”L-BIOX”と記す)について紹介する。

先ず、L-BIOXは直径が約1μmのチューブ形状であり、外側表面は巾約30nmの繊維が絡んだ構造を呈している。更に、BIOXの1次粒子は直径約3nmのアモルファス酸化鉄で、主構成元素の比率は Fe:Si:P = 0.75: 0.20: 0.05である。このBIOXは、比表面積が280m2/gと非常に大きい多孔体である。また、BIOXは微生物が分泌する有機物と酸化鉄との有機-無機ハイブリッド構造体で、人工的に合成することは困難であることも見出した。機能探索を行った結果、BIOXが驚くべく多彩で優れた機能(固定化触媒特性、植物成長促進効果、Liイオン2次電池電極特性、など)を有していることを発見した。

さらに、我々はL-BIOXと同様の鞘状酸化鉄を作る鉄酸化細菌の単離に成功し、これをOUMS1と命名した。この単離菌を用いて、L-BIOXの形成プロセスをおおよそ明らかにすることに成功した。

現在、さらに詳細な研究と発展的な研究を進めている。