1. 新しい有機金属反応活性種の創製による高選択的合成反応の開発:
    Development of Highly Selective Synthetic Reactions with Novel Organometallic Species.

     周期表には80を超える金属元素があります。その一つ一つが個性をもっています。また、複数の元素を組み合わせたり、配位子や溶媒を変えるだけで大きく反応性が変わることもよくあります。化学反応は電子の動きで表すことができますが、いろいろな組合せにより発現する新しい電子の動きに着目して、選択性の高い有機合成反応を開発しています。

    クロム(II)を用いる合成反応:

     上式の反応では、触媒量のニッケルを添加することが重要なポイントです。私たちはこのニッケルの添加効果を岸教授と同時期に見いだしました。この反応は生理活性物質の合成にも用いられています。 1

     アルデヒドから炭素鎖の1つ長いトランス体のヘテロ原子置換オレフィンを選択的につくりたいことはよくありますが、なかなかよい方法がありません。この反応を用いると、穏和な条件下に目的の変換が行なえます。これらの反応も生理活性物質の合成に用いられています。 2


     クロムの安定な価数は3であるため、2価のクロムは1電子還元剤として働きます。還元力はマグネシウムや亜鉛金属、サマリウム(II)などほどは強くありませんが、それでも種々の有機化合物を還元し、ラジカルや有機クロム化合物を生成します。それら生じる反応活性種を用いて、炭素−炭素結合を形成する反応を開発しています。3 クロム(II)の還元力が適度な強さであり、また、有機クロム化合物の求核性も強すぎないことから、穏和な条件下で、官能基選択的にアルデヒドなどに付加反応が進行するという特徴があります。

    低原子価のタンタルを用いる合成反応:

     タンタルが周期表のどこにあるかと尋ねられても、すぐにわかる人は少ないかと思います。たしかに、最近コンデンサーなどに使われたりしていますが、まだまだ有機合成にはあまり使われていない金属の1つです。タンタルは5価が安定ですが、亜鉛で還元すると3価になります。溶媒などの条件をうまく設定し、そこへアセチレン(=アルキン)を加えると、タンタルにアセチレンの三重結合が配位したタンタル−アルキン錯体が生成します。タンタル−アルキン錯体のタンタル−炭素結合には種々の不飽和結合が挿入します。そのことを利用すると上図のようなバラエティーに富んだ変換反応を行なうことができます。4

    亜鉛とチタン用いる合成反応:


     Wittig反応は教科書に必ずでてくる、カルボニル化合物からオレフィンを合成のための重要な変換反応ですが、万能ではなく、不得意とする反応もあります。そのようなときに役に立つ反応として、有機チタン反応剤があります。とくに、エノール化しやすいケトンや立体障害の大きなケトンのメチレン化反応、5 エステルやアミドなどのカルボン酸のアルキリデン化反応が、6 生理活性物質の合成に用いられています。  なお、これらの反応に触媒量の鉛を添加していますが、これは、ジヨードメタンから1,1-ジ亜鉛化合物を合成するときに必要です。私たちは1994年に、この鉛の添加効果と1,1-ジ亜鉛化合物の調製法を明らかにしました。6b

    アルミニウム用いる合成反応:

     アルミニウムは典型的なLewis酸なので、酸素原子の非共有電子対などが配位します。アルミニウムは配位により電子豊富になるため、アルミニウムに結合している置換基が求核剤として反応することになります。有機アルミニウム化合物はこのようにLewis酸性と(潜在的な)求核性の両方の性質をもっています。脂肪族化合物のClaisen転位反応を行なうには、従来は200゚Cくらいの加熱が必要でしたが、有機アルミニウム化合物を用いると、室温で速やかに進行します。7

研究テーマ